事業を始めたきっかけとは。

 

 

こんにちは。

 

一般社団法人メディネクトの池田恒夫です。

2018年2月13日に法人登記も無事に完了しました。

この場を借りてご協力していただいた方に改めて感謝申し上げます。

誠にありがとうございました。

 

本日は、なぜ一般社団法人メディネクトを立ち上げたのか?という経緯について記していこうと思います。

たくさんの方々に「なぜ医療事業なんですか?」と聞かれます。

前職はパーソナルトレーナー

異業種からの挑戦でもあります。

そのような質問をいただいて当然です。

ただ、僕が今まで経験から感じてきたこと、医療に関しての考えも含めて記していこうと思います。

少しのお時間でいいのでお付き合いいただければ嬉しいです。

 

両親は共働き。家にいないのが普通だった幼少時代。

当時では珍しかったかもしれません。

友人家族の9割はお父さんは外で働き、お母さんは専業主婦が多かったように思います。

両親は共に飲食業を営んでいました。

父は中華料理屋。

母は焼肉屋。

普通は家族で経営するものですが、両親は別々に経営していました。

各々で得意なジャンルで勝負していたのだと思います。

そのため僕は保育園の園長先生家で夕食を食べることも多かったです。

普通は寂しいと感じるのかもしれませんが、当時はそれが普通だと思っていました。

通っていた保育園が素晴らしく、家族同然に接してくれた園長先生には大変感謝しています。

小学生になっても一人で過ごす時間は周囲に比べて多かったように感じますが、小学生になると勝手に友人を家によんで一緒に過ごしたり、好き勝手やっていました。

そもそも門限というものが周囲の友人にはあったことに驚いていました。

両親が帰ってくるのは夜11時過ぎ。

だいぶ自由な幼少期を過ごしていたなと思います。

当時から両親が健康でいるからこそ共働きが可能なのだとわかっていましたし、自営業家系だったこともありますが、定時に両親がいるほうが違和感がありました。

それはそれで良かったのかもしれませんが、後にフリーランスで仕事をやるようになると実感しました。

両親はあまり家にいなかったですが、それが自営業者にとっては幸せなことなのだと。

仕事の大小は問わず、仕事をいただけるというのはその人の価値を認めてもらっているということです。

飲食なら常連さんが毎日来てくれる。

その常連さんがまたお客さんを連れてくる。

それは両親にとっては嬉しいことなんです。

今となっては当時よりもより深くその気持ちがわかる気がします。

仕事は人に生かされることで成立します。

その気持ちを学ばせてもらったのは改めて両親に感謝したいです。

 

親の健康は子供にとっての精神安定剤になることを学んだ。

僕が中学生になる頃までは両親も元気に過ごしていましたが、その頃から両親が定期的に病気を患うようになりました。

両親が元気でいるということ。

それが子供にとってどれほど安心感を与えるのかを当時からよく感じていました。

そんな時、父親が脳梗塞で倒れました。

いつも通りに振舞っているように見えても違ったのを覚えています。

鍋を振っていても普段はこぼさない父親がよくこぼすわけです。

しかも左腕は火傷だらけ。

それに不信感を覚えた母親が救急車を呼びました。

その直後に父親は倒れました。

救急車が到着するまでの間に初期治療してくれた、小林先生。

本当に感謝しています。

小林先生は家族でお世話になっていたかかりつけ医の先生です。

病院から白衣のままでお店に飛んできてくれて初期治療をしてくれたのを鮮明に覚えています。

脳梗塞は早期発見、早期治療が予後に大きな影響を及ぼします。

僕の父は今までに2回脳梗塞で倒れていますが、2回ともに発見が早く、小林先生の初期治療のおかげで運良く後遺症もなく助かった経緯がありました。

 

今度は母親が倒れる。そして僕は大学を中退した。

一方で、母親はすい臓ガンに二度かかりました。

抗がん剤治療は母国の韓国で行い、約2年間の治療で現在は完治しています。

すい臓ガンは初期で見つけられたらいいですが、ほとんどは発見が遅れて症状が進行していることが非常に多いガンです。

僕の母親も本当に運が良かった。

発見が早かったおかげで母親は母国での治療を選択することができました。

兄弟も韓国にいたため看病はお願いし、父親と僕は治療費を稼ぐため働きました。

当時の僕は大学4年生。

卒業式の二週間前という状況でした。

僕の授業料が払われていないと大学から電話を受けたのもこの時です。

そして、この時に母親のガンを知りました。

その電話口で僕は中退を決め、学長との二者面談でも意思は変わりませんでした。

学長、法学部長からも授業料を立て替えてあげるからと言われましたが、全てお断りし、二者面談の最後に届け出にサインをして正式な手続きを完了させました。

卒業式の二週間前、フル単位、特待生で中退した人間は初めてだと学長にも言われましたが、そんなことはどうでも良かったんです。

僕の頭のなかは「どのように生活していこう」という思いしかなかったわけです。

当時は「なぜ俺がこんな境遇になるのか」って思ったりもしましたが、現事業に通じるきっかけを与えてくれたと考えれば全ての経験は生きるのだと実感しています。

 

医師だけに任せるのではなく、医師と共に歩む医療こそが必要。そのための情報を提供したい。

今までの経験をしてきたからこそ信頼できるかかりつけ医がいることがこんなにも心強いのだと実感させられたきました。

別にかかりつけ医が全ての治療をするわけではありません。

 

定期的に通院できること

相談できる病院、クリニックがあること

信頼できるかかりつけ医がいるということ

 

これらの医療環境が患者に与える精神的影響は大きい。 

みんながすでに信頼できるかかりつけ医に出会えているわけではありません。

池田家は信頼できるかかりつけ医を早い段階で見つけることができました。

かかりつけ医はどんな分野でも構いません。

僕は医療に関していえば、医師のポートフォリオを作成すべきだと思っています。

歯科、小児科、皮膚科etc.

どんな診療科でもその人にとって大事な病院、クリニックが見つかっていることが大切だと僕は感じています。

 

池田家は幸運にも小林先生がいました。

これは“運”なのかもしれません。

でも、僕はそれを“運”という言葉だけで終わらせたくはなかった。

自分が求める医療、自分が求める医師に会うための機会を創出したい。

“運”でも構わない。

その“運”を平等に届けられるような環境を創りたい。

その想いで一般社団法人メディネクトという事業をはじめます。

 

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一般社団法人メディネクトを通じて実現していくことは、 

患者自らも医師を選べる医療環境の構築

この理念を掲げて日々前進していきます。

 

挑戦はまだ始まったばかりです。

 

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一般社団法人Medinectでは、弊社団の活動にご協力していただける方々を探しています。病院、クリニック、医師の方々と共に患者さんのために医療環境を構築していきたい想いです。

何卒よろしくお願い申し上げます。

一般社団法人Medinect

代表理事 池田恒夫

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